A.1
DV防止法は、「配偶者からの暴力」について、「身体に対する暴力又はこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」と規定しており、モラルハラスメント(精神的暴力)もDVに含まれます。配偶者のモラルハラスメントにより一方の親の心身に影響が生じている場合に、配偶者との同居を継続することは、養育者として子どもとの安定した関係を築く妨げとなります。子どもの面前でモラルハラスメントが行われれば面前DVとなり、子どもに深い心の傷を残しかねません。身体的暴力がなかったとしても、別居せざるを得ない事情があり、事前に配偶者と協議することが難しい場合には、子どもを主に監護している側が、配偶者の許可を得ずに子どもを連れて家を出ることはやむを得ないと考えられており、実務上違法とされることはありません。
婚姻中の子連れ別居の場合、婚姻中は共同親権下にあるため、子の居所指定は親権の共同行使の対象です。従って、相手に黙って子連れ別居することは、形式的には親権の共同行使違反となることから、後に、「連れ去り」として損害賠償請求訴訟を提起されたり、「誘拐」として刑事告訴されるような場合もあります。共同親権制度の導入により、子連れ別居が抑制されるのではないかと心配する声があがっていますが、DVやモラハラがある場合には、避難をするための「急迫の事情」があると認められるため、法改正の前後でその扱いが変わることはありません。
A.2
共同親権が導入されても、今まで主に子どもの監護をしていた親が、他方の親との協議が困難な場合に、平穏に子どもを連れて別居を開始することが違法になることはないと考えます。また、今回の法改正により、非監護親(別居親)が子どもを連れ去ることが、すべて適法とされるわけではありません。現在の民法では、主に子どもの監護を担当していた親が、他方の親との協議が困難な場合に、平穏に子どもを連れて家を出た場合、別居を開始することが違法と評価されることはありませんでした。
今回の法改正では、親権は父母が共同で行使するものとされ、ただし、「子の利益のため急迫の事情があるとき」は一方が単独で行使できるものとされました。この「急迫の事情」とは、法制審や国会の答弁では、「父母の協議を待っていては適宜適切な親権⾏使ができず、⼦の利益を損ねる場合」と説明されています。この答弁のとおりに「急迫の事情」が解釈されるのであれば、今までの運用と変わりはないと思われます。ただし、別居後は早期に弁護士に相談され、監護者指定の調停、審判を申し立て、家庭裁判所の関与の上、速やかに協議を開始し、子どもの監護者を公的に決める手続きをとられることをおすすめめします。
別居後、非監護親(別居親)が同居親のもとから子どもを連れていくことが許容されるのは、かなり限定的なケースであり、今回の法改正により、その運用が変更されることはないでしょう。離婚前の別居中に、別居親が子どもを連れていってしまった場合は、早急に弁護士にご相談ください。
A.3
過去に子どもを連れて家を出たことについて、相手方が告訴する可能性はありますが、逮捕や起訴されるケースは極めて限定的です。
未成年者略取誘拐罪の時効は5年です。親が子を連れていく行為が、未成年者略取誘拐罪等に該当すると判断されたケースは、
別居後、子どもは母と平穏に生活し、入院中であったところ、父が深夜に子どもが入院している病院に立ち入り、ベッドに寝ていた子どもの両足を引っ張って逆さに吊り上げ、脇腹に抱えて連れ去り、止めていた車に乗せて発進して、子どもを連れ去った事案
別居後、母と母の両親のもとで平穏に生活していた子どもを、祖母(母方祖母)が保育園に迎えに行き、祖母が自動車に子どもを乗せる準備をしているすきをついて、父が子どもに向かって駆け寄り、背後から自らの両手を両わきに入れて子どもを持ち上げ、抱きかかえて、あらかじめドアロックをせず、エンジンも作動させたまま停車させていた父の自動車まで全力で疾走し、子どもを抱えたまま運転席に乗り込み、ドアをロックしてから、子どもを助手席に座らせ、祖母が運転席の外側に立ち、運転席のドアノブをつかんで開けようとしたり、窓ガラスを手でたたいて制止するのも意に介さず、自車を発進させて走り去った事案
など、不穏当なものです。
子どもを自己の監護下に置くことが現に必要とされるような特段の事情がないにもかかわらず、粗暴・強引な態様で子どもを連れ去った場合に未成年者略取誘拐罪等が成立する可能性があります。
有罪・無罪を判断するのは当然ながら裁判所ですので、警視庁の通達によって、裁判所の判断枠組みが変わることは考えがたいと思われます。
なお、従前の裁判所の判断枠組みに照らして、起訴される見込みがないにもかかわらず、相手方配偶者を未成年者略取誘拐罪等で告訴すれば、父母が高葛藤にある、または人格尊重擁護義務に反すると評価され、単独親権と定めなければならないケースと判断されたり、円滑な面会交流が困難な事情とされたりすることが考えられます。